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これを読んでおきなさい。

一つ目の詩のタイトルは「手紙」。
※ これを読んでくれた人皆さんに宛てた手紙と受け取って下さい。

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(どなたかの意識に対して)
そうなんですよ。自分のイメージに寸分も違わぬ要求をしてしまうと、
そこから楽園は消えてしまう。

これは自分にも心当たりがあったからこそ、今、このように感じられるんです。
それと、旧約聖書の創世記にある「善悪を知る木の実を食べてはならない。」
という神様からの言葉。 これ、本当に神様からのメッセージだと思ってますか。

きっとそうだと思うんですけどね、アダムとイブのお二人が、 心の奥底で
「ありのままを受け入れなかった瞬間から、不幸が想像される。」と
既に解っていたから、 その様に心の声として聞こえてきたんだと思いますよ。

善悪という短い言葉に一体、どれ位の意味合いが含まれていたかと言いますと、
「上下」、「白黒」、「正誤」、「数字」、「順番」、「時間」、「優劣」、
「好み」、「期待」、「理想」、「知る」等、 etc..

ありとあらゆる意味合いが含まれているんです。それを持つようになったら、
ゆったりとした気持ちが逃げてしまう事を本当はみんな解ってたはずなんです。

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二つ目の詩のタイトルは「楽園とは・・・」になります。
※ 旧約聖書のエデンの楽園の意味を自分なりに解釈してみました。

楽園とはどのような心持ちか、どのような気持ちを持てば楽園となるか。
この点を説明しなければ片手落ちになってしまうだろう。今からそれを説明する。

私は法則に則り、それを説明する。もし、自分の気持ちが穏やかでなくなった場合、
どうかこれらの言葉を思い出し、再び心の自由を取り戻すきっかけにして欲しい。

気持ちが楽園のようになるとは、物事を善悪の観点で捉えなくなるという事である。
ここで踏み誤らないで頂きたい事は、善悪という言葉が抱かせる意味合いである。
神が云わんとした善悪とは、善い行いと悪い行いという意味だけではない。

善悪という言葉の中に あらゆる意味合いが込められている。
それは例えば、「今より昔が良かった」と落胆すること、 これも
「昔を善とし、現在を受け入れたがらない悲観」であろう。

そして、それは現在においても常に責任を孕んでいる。
現時点で何かを選択すること、
それはその決断を善とした対象への保障のない信頼である。
だが、人は結果により、 信頼してしまった決断を自分以外へと責任転嫁する。

もし、現在に満足していないとするならば、その原因は自分が持っていたのである。
そして不満が起きる芽を誰かではなく、自分の気持ちの中に見つける必要がある。

全ての気掛かりから解き放たれれば、気持ちは楽園へと変わる。
これは何も気にするな、誰の事もいたわるな、という意味ではない。

何かを肉体の観点で見た時、それは不幸となるが、霊の観点で見れば通過点となる。
誰かに協力にして、その成果が期待通りにならなかった場合、
結果を事前に抱くと落胆に繋がるが、 もし、「最善だと思っていた方法で
成果が得られない事がわかった」という風に前向きに 受け入れる気持ちが
持てれば、他の方法を考えてみようという気にもなるし、
ベストは尽くしたという諦めも尽くだろう。

鹿は自分の傷を見つけるなり、涙を流さずに傷口を舐めて癒やそうとするだろう。
助けようと思ったあなたは鹿の目だ。思いやりの衝動が湧き上がっていたのなら、
それでいいのだ。

鹿は癒やそうとした傷口が化膿しても、涙を流さず、経過を受け入れるだろう。
もし、手を添えようとして上手くいかなかったならば、そう成るように成ったのだ。
あなたは最善を尽くした結果に悲しむ事はない。その流れは神の計画だったのだ。
あなたは「そういう事だった」とありのままを受け入れられれば、自責から解放される。

何かが起こり、後から「あの時、こうすれば良かった」と悔やむのは、
楽園を遠ざける心理である。

もし、その時、そう思えなかったのであれば、それは計画である。
その事をまず受け入れ、何か願望があるならば、
そこからスタートする事は自由である。

だが、同じように結果に自らの理想を完璧に重ねようとするならば、
また楽園は遠ざかる。 何もかも受け入れる場面を自らが察知しなければならない。
それは不服が生じた時がその時である。

センタリングとは、一瞬一瞬を捉えながらも、
常にそれを受け入れ続けている状態である。

こうあるべきだと抱いた瞬間、意識はその対象を理想通りにしようとする。
引き擦られた意識はそれが理想に近づかないあいだ、ずっと楽園を失う事となる。

かつて私を怒りに導いた人は、何をどのように感じれば、
私が不満を抱くのかを教えてくれた人。

その人は、私の自尊心がどのような心境になった時に
闘おうとするのかを教えてくれた人。

つまり、私が何を嫌ってしまうのか、放棄すべき拘りを教えてくれたのだ。
それこそ、世界に誰かが居るように見せてくれるトリックの恩恵。

縁があった事に微笑みかけること。
それは相手が自分の卑屈さに陽の光を当てる役目だった事を
素直に認めるということ。

これは、私だけに課せられた宿題ではなく、私を煙たがった人の宿題でもある。
それが相互に作用した時、対峙しあう事は互いを太陽へと帰還させる架け橋になる。
安堵した心で相手に笑った瞬間、縁は役目を終える。
そして次第に1人ずつ、忘れてゆくだろう。

楽園とは、ありのままを受け入れた瞬間から地上において
その言葉通りの居心地を成し、その丸みのうちに忘れ去るのを悲しみとしない。
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アメン・ラーからの贈り物

何故、アメン・ラーからの贈り物なのか。
それは私達も彼と同じ気持ちになれるという事。

創世記 第6章1節~3節

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さて、地上に人が増え始め、娘たちが生まれた。神の子らは、
人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。主は言われた。

「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」
こうして、人の一生は百二十年となった。


                  ↓ これを本当の意味に変えるとこういう文章になります。



さて、地上に人が増え始め、心の柔らかい人達も生まれた。霊界の者達は、
そのような人達の心が美しいのを見て、おのおの選んだ者を霊界に呼んだ(妻にした)。


心の中心は囁いた。(主は言われた。)


「霊は肉体(人)の中に永久にとどまるべきではない。
(何故なら、肉体の世界に居ても、心を美しく保てる人は少ないから。
心が疲れて年老いるから。誰もが柔軟な子供のようには居れないから)

以前、人として地上に居た者でも、霊界では誰もが神の子なれるのだから。

そんな理由から、それぞれの心の中では、肉体の人生がもっと短くなればいい
という想いが湧き上がるようになり、自分がいつ去るかについても実現化された。


━-━-━-━-━-━-━-━-━-━ by 対峙する世界から一元化へ。

原初からそうだったこと。

一なる意識。

全ての観点は、一なる意識。
もとはと言えば、一なる意識。

あらゆる意見は、そのように感じる事を許されていた。
原初からの息吹は、隈なく意識の隙間を見つけてゆく川のように。

乾きに彷徨う側と正義に立つ側、その双方とも一なる意識がそうしたかった事のように。

一体、この世の誰が、
私がしたかった一切を一人でこなしてくれるだろう。
だから、私は悪戯と反省をそれぞれの同胞に託した。

今日は、誰が悪戯をするだろう。今日は誰が反省を促すだろう。
どちらも私の信ずるところ。どちらも私が相槌を打つところ。
そして、どちらの話も信じないという輩さえも私は在っていい。

私は怒らせる事だけをしたかったのではない。
私は知っている。または知らない振りも出来るだろう。
以前の遊びは悪戯だった者でさえ、向こうに自分を見る日がある事を。

否定のない一なる意識。そして、あらゆる指摘を見つける意識。

テスのロジック ~ アシュタールのロッジより。

下記に記述する文言は、私が作成したものではありません。その霊の名はテス。
すでにこの地球上から肉体を脱ぎ捨てた女性。愛を多く持っていた女性の霊。
1024年にこの地表から姿を消した者。私はそれを確認するは出来ませんが、
二回、地球での生活をしていた女性。彼女の言葉を紹介させて頂きます。


「想いとして脳裏をよぎったものを見ないようにする事は不可能。」

「大人というものに見られたい者は、人間の品性をランク付けする。」

「自分だけで生きれていると思っている男性は一人も居ない。誰かと直接的な
関係性を築いていない場合でも、ライバルや異性を意識する事で励みにして生きている。」

「<自分>という興奮があるうちに、覚悟(潔さ)を決めてしまうと、
会いたかったと思える人を自分の心のうちに見つけてしまう。」

「自暴を自分で棄てた時、甲斐性者を羨むだろう。
神は暴れ出したくなる衝動を夢見ている。」

「危ないと思ったら、人を呼べ。神は起きていいものとして、
声は掛けないままでいる。」

                          ~ 郷愁を見返さない者、テスより ~

メッセージ

ある女性が男性に言った。

「どうしてあなたには愛が無いの?」と。

男は女に返答した。

「では、あなたは好きな絵が一枚でも思い出せるかい?」

女は頷いた。

それを見て女に男は言った。

「だったら、あなたは私を笑えないよ。あなたは自分が満足したい時だけ、その絵を
ものの数分間、思い出すだけで終わるんでしょ?」

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【ラブレター・フロム・秋田】

ときどき「生きてる実感が欲しい」人達が居る。

それは、乗り物であったり、見た事もない景色であったり、食べる事であったり。

それは世界の一部分を癖になりながら反芻する行為。

それは自分よりも魅力的な形容を実感しようとする行為。

だから、それを止められない人も居る。

人は何かに惹かれてしまう時、そこに自分自身が染まってしまおうと思うのだろう。

あなたは、魅力的だったから、人はあなたを知ろうとして、

あなたと話し続ける事はしないで、あなたの身体を味わう事であなたを思い込んでいた。

あなたの身体を見る事が、あなたを見た事だと思っていたかもしれない。

だが、少なくともこれだけは言える。全く同じ顔、全く同じ体つきでも、心が違えば、

その人から漂うものは変わるだろう。だから、彼はあなたの花びらに寄って来たのだ。

飛び去った時点であなた自身にはなれなかったのだけど。

今年も極寒!その種が少しだけある人には気持ち悪く。

「隠れ家」

友人に投げてしまった言葉は、その人を示している言葉ではない。
それなのに、同義でないはずの言葉をその人を示す言葉かのように
言ってしまった行為は、友人という言葉が持っている範囲を貶めて、
幾つもの表情を察してくれていたあなたの絹の織り目でしかなかった。

その瞬間、私はあなたを見ていたのではなく、私が思い出す罪悪感を見ていた。
その印象は、どのように発言すれば、私が私に負い目を感じるかを露わにした。
あなたを拘り、捉える事で、どんな姿の影であれば、隠れられるかを画策して、
あなたの友情に甘えたのだ。

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「約束をしない安心」

約束とは、希望を未来に見据えようとする肉体由来の感情が、
約束を取り付けた日の想いを救う為に維持している未知である。
約束とは、守る事を目的としているのではなく、お互いの意思の継続であろう。

海は太陽の光を迎える。
それは波を有する生命の意識が発芽してゆく事を
肯定され続けている宇宙のリズム。

人は誰でも青春と共に立ち上がり、いつかは倒れる。

十字架の溜め息。

誰がそのことについてどう言っていたか。
わたしは何も調べてない。でも、こう思う。

人が確信を以って、行おうとする姿、
確信があったはずなのに、何も手応えがないかのように
感じられて襲ってきた失望感。

多くの人が希望を持つということと、
一度はその希望を見失うということ。
その形を見せてくれたのではないか。
今、その方はどうしてる?今も霊として。

イエスはいつ、どこでキリストになったか。
行動を始めたとき、キリストになったのか。そうかもしれない。
でも、何のからし種も見当たらなくなったそのとき、
十字架の上で信じたものが来なかったかもしれないと思ったとき、
初めて完全に十字架の磔から脱出した。

そのとき、初めて自分が抱いた夢から脱出した。
その瞬間、イエスは神になった。イエスには何もなかった。

それは神という言葉でないほうがよっぽどよくて、
彼が情熱の人からほとけになった描写のこと。

原罪を燃やし尽くした象徴として。

クリスチャンの岐路

イエスに憧れて会いに行ってしまうことは、

ある秘密が解けていなかったことを意味している。

その秘密は自分と思いと計画は違うということ。

計画は、きっと読み取れていないほうの計画だった。

ここで衝撃的な真実をイエスではないわたしが打ち明けよう。

〈神の計画〉ということばがあるが、

その計画とは、「計画にこだわらない人間にする」ということ。

それが神の計画だった。

どうですか?さぞかし吃驚されたんじゃないですか?

神の計画というから、なにか特別なことがあると思ったでしょう。

「特別な予定など何もない」ということを教える計画なんですよ。

どうですか?引っ掛かってしまいましたか?

自分には特別な使命があると思ってしまいましたか?何でもありません。

でも、ことを大きくせずに済む大事な仕事です。

やってくれますか?やってくれと言っても、何もすることはないくらいです。

特別なことはないという気持ちになってもらうための意識のしごとです。

特別な感情を持ってしまった人に、君が思ってるような事はないと言う仕事。

それが霊になってからしてもらう仕事になりますけど、大丈夫ですよね。

きみの肉体が終わる頃までには伝えたい話。

なにかしら疑問に思うことを見つけてみたり。

それは、疑問に思っても良い事柄って、
どんなものがあるのかを人の顔を見ながら発言する事ではなくて。

「これから僕は、一番面白いと思える人工石を作るからね。」

「本当?」

どうして本当って言うの?どんなものが面白いかを決めるのは君だよ。

君がそう思えることをして。

私には聞かないでね。



聞いてしまったら、そこから宗教が始まるよ。
君は一生、社長のあとを追いかけてどんなものを
創ったらよいのかアンケートを取るだけの人になってしまう。

この世で肉体を貰ってからの話。

いつもの歩幅をわざとらしく

今日は、いつも意識出来ないままこぼれてしまっていた
笑い方を変えてみよう。

今日は、いつも意識出来ないままこぼれてしまっていた
愚痴を水に流してみよう。

今日は、いつも意識出来ないままこぼれてしまっていた
癖のついた動きを変えてみよう。

「今の俺、とっても冷静だったかもしれない」と
やっぱり冷静さに欠けた興奮が沸き止まない私に向けて。


プロフィール

princess aroma

Author:princess aroma
とうとうこんなトコまで来たんだね?
こちらからも君の事、見えてるよ。

嘘です。

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